専門学校・大学で保護者からのカスタマーハラスメント(カスハラ)が増加しています。成年である学生の保護者が「SNSに実名をさらすぞ」と脅迫する、実習評価の変更を求めて学校に乗り込む、担当教員の変更を訴訟で脅すなど、深刻なケースが現場で起きています。2026年10月には労働施策総合推進法の改正によりカスハラ対策が全事業主に義務化され、私立・公立を問わず学校も対象です。
この記事では、専門学校・大学における保護者カスハラの実態を整理し、成年学生特有の課題を踏まえた対応体制の整え方を解説します。
この記事でわかること
- 成年学生なのに保護者が介入する背景
- 専門学校・大学で多い保護者カスハラの具体的パターン
- 「個人情報の壁」や学費返還など成年学生特有のトラブル
- 2026年10月カスハラ対策義務化が学校法人に与える影響
- 学校法人として整備すべき対応体制と研修導入のポイント
日本ハラスメントリスク管理協会認定講師 中曽根径子
元公立高校校長。教員として社会科の授業を担当し、剣道部の監督として全国大会出場を果たす。
その後、管理職となり人事管理、教職員の指導に従事。教員を退職した後は「教えるスキル」を活かし、元教員など仲間を集めて研修チームを立ち上げた。
私立学校協会初任者対象研修・公立高校研修・県産業技術センター中小企業経営者向け研修などを実施している。
なぜ成年学生なのに保護者がクレームを入れてくるのか
専門学校や大学の学生は成年であり、本来は学生本人が学校と直接やり取りすべき立場です。しかし実際には、保護者が直接学校にクレームを入れるケースが増加しています。その背景には、以下の5つの要因があります。
| 背景 | 内容 |
|---|---|
| 権利意識の高まり | メディアの影響などにより「言ったもん勝ち」のクレーム文化が拡散し、保護者の権利意識が過剰に高まっている |
| 少子化による過保護意識 | 少子化社会の進行に伴い、成人した子どもに対しても過剰に保護しようとする傾向が強まっている |
| 「お客様意識」の誤解 | 学費を支払っている=顧客であるという認識から、教育をサービス業と捉え、過度な要求をする保護者が増えている |
| 保護者自身のストレス | 経済的・社会的なストレスの増加が、学校への攻撃的な言動に転化するケースがある |
| 小・中・高校での成功体験 | 義務教育や高校段階でクレームを言えば思い通りになった経験が、専門学校・大学でも同様の行動を繰り返す動機になっている |
高校までの未成年と異なり、大学・専門学校は成人としての学生の自立を促し、成長をサポートする教育機関です。この教育的立場の違いを保護者に理解してもらうことが、対策の出発点になります。
専門学校・大学で多い保護者カスハラの具体例
専門学校・大学特有の保護者カスハラには、以下のようなケースが報告されています。
- SNSでの実名晒しを脅迫
- 出席不足で卒業できないことを伝えた際に「SNSに実名をさらすぞ」と逆上するケース。学校の評判に直結するため、教職員が萎縮しやすい
- 担当教員の変更を訴訟で脅す
- 担当教員を変えなければ訴えると複数回電話をかけてくるケース。納得するまで長時間対応を強いられ、教職員が精神的に疲弊する
- 実習評価の変更を強要
- 実習の評価に納得がいかないと、保護者が直接学校に乗り込んで評価の変更を迫るケース
- 過度な個別対応の要求
- 「子どもは一人で学習できないので夜遅くまで面倒をみてほしい」という要求や、「家族旅行のために課題を減らして、それでも検定は合格させてほしい」といった不合理な要求
いずれのケースも、保護者が子どもの「代理人」として学校に介入する構図が共通しています。成年学生が本来自分で対処すべき問題を保護者が代わりに持ち込むことで、教育的関係が歪められています。
成年学生特有のトラブル要因
「個人情報の壁」によるトラブルの深刻化
専門学校・大学での保護者対応を特に難しくしているのが、成年学生の個人情報保護の問題です。成年の学生については、本人の同意がなければ成績や出席状況などの情報を保護者に開示できません。
この「個人情報の壁」が原因で、以下のようなトラブルが起きています。
- 学生が学業不振で留年した際、経過を保護者に知らせることができず、保護者が「留年は学校の責任だ」と訴えてくる
- 学生の不適切な行為(授業妨害・規則違反など)を保護者に知らせることができず、問題が拡大した際に学校側の責任にされる
対処法としては、入学時に保護者向けの情報開示に関する同意書を取得しておくことが有効です。あわせて、保護者説明会で情報開示のルールを丁寧に説明し、理解を得ておくことが重要です。
学費返還トラブルへの備え
退学・休学時の学費返還を巡るトラブルは、カスハラに発展しやすいケースの一つです。入学時に退学・休学時の学費の取り扱いについて明確に告知し、書面で同意を得ておくことが最も効果的な予防策です。
学費に関するルールを入学案内やウェブサイトに明記し、入学手続き時に重要事項として説明しておけば、後のトラブルを大幅に減らすことができます。
SNS・口コミ攻撃とレピュテーションリスク
保護者がSNSや口コミサイトで学校を攻撃するケースは、専門学校にとってレピュテーションリスクが極めて高い問題です。口コミやSNSによる攻撃は次年度の定員割れにつながり、学校の存続に関わる事態を招くこともあります。
対応策としては、以下が有効です。
- 著しい攻撃に対してはスクリーンショットなどで証拠を保全する
- 証拠をもとに速やかに弁護士に相談する
- 必要に応じて削除請求や法的措置を検討する
- 学校として正確な情報を発信し、風評に対抗する
正当なクレームとカスハラの境界線
保護者対応で最も難しいのは、正当なクレームとカスハラの境界を見極めることです。保護者の声には教育の質向上につながる重要な指摘も含まれており、すべてを「カスハラ」として退けてはなりません。
| 区分 | 正当なクレーム | カスハラ |
|---|---|---|
| 要求内容 | 事実に基づいた改善要望 | 社会通念を超えた不当な要求 |
| 伝え方 | 冷静かつ建設的 | 暴言・脅迫・長時間の拘束 |
| 頻度 | 必要な範囲での連絡 | 執拗な繰り返し・深夜の連絡 |
| 目的 | 学生の学習環境の改善 | 個人的な感情の発散・優位性の誇示 |
注意すべきは、最初は正当なクレームであっても、対応の過程でカスハラに発展するケースがあるという点です。初期対応で保護者の話をきちんと聞かなかった、たらい回しにした、事実確認が不十分だったといった対応の不備がカスハラを誘発することがあります。だからこそ、初期対応の質を高めることが重要です。
2026年10月カスハラ対策義務化と学校法人への影響
2025年6月に成立した労働施策総合推進法の改正により、2026年10月1日からカスハラ対策が全事業主の義務となります。この義務は企業規模を問わず、労働者が1人でもいれば対象です。私立の専門学校・大学を運営する学校法人は事業主に該当するため、カスハラ対策の措置義務を負います。公立の専門学校・大学も改正法の対象となる公務職場に含まれており、教職員は同様に保護されます。さらに、労働基準法第5条の安全配慮義務により、私立・公立を問わず学校の設置者は労働者である教職員の安全に配慮する義務を負っています。
改正法に基づき、学校法人が整備すべき主な措置は以下のとおりです。
- カスハラに毅然と対応する方針の策定と教職員への周知
- 対応マニュアル・ルールの整備
- 相談窓口の設置と担当者の配置
- カスハラ発生時の事実確認と被害教職員への配慮措置
- 悪質行為への対処方針の事前策定
- 相談者のプライバシー保護と不利益取扱いの禁止
学校法人として整備すべき対応体制

基本方針の明確化と事前周知
保護者カスハラ対策の大前提は、学校法人としての基本方針を明確にすることです。
方針策定で重要なのは、学生・保護者への敬意と毅然とした対応の両立を明記することです。たとえば「学生の成長を第一に考え、ご要望や正当なクレームには真摯に向き合います。しかし、カスタマーハラスメントに該当する行為には毅然として対応します」といった表現が望ましいでしょう。
策定した方針は、以下の方法で事前に周知します。
- 入学時に学校の対応方針を保護者に説明し、文書で交付する
- 過度な要求には応じないことをウェブサイトに明記する
- 保護者説明会を活用し、学校法人のルール・組織や社会のルールを毅然と説明する
- 退学・休学時の学費の取り扱いを入学案内に明記する
- 情報開示に関する同意書を入学時に取得する
対応フローと窓口の設定
専門学校・大学での保護者対応は、担当教員とその上長が対応にあたるのが基本です。情報は学内で共有し、対応が困難な場合は早い段階で弁護士に相談します。
教職員が一人で抱え込まない仕組みをつくることが最も重要です。カスハラ対応を個人の問題にせず、組織の問題として位置づけることで、教職員の心理的負担を軽減できます。
保護者対応で避けるべき初動ミス

保護者対応では、初動の対応が結果を大きく左右します。以下は現場でよく見られる初動ミスです。
- 1. 一人で対応してしまう
- 担当教員が一人で保護者対応を引き受けてしまうと、「言った・言わない」のトラブルに発展しやすくなります。最初から必ず複数人で対応し、記録を残すことが鉄則です
- 2. その場で回答・約束をしてしまう
- 保護者の勢いに押されて即座に回答や約束をしてしまうと、後から撤回することが困難になります。初回は「確認して改めてご連絡します」と伝え、組織として検討する時間を確保します
- 3. 保護者の話を遮る・否定する
- 最初の段階で保護者の話を十分に聞かないと、不満が増幅してカスハラに発展するリスクが高まります。まずは傾聴し、事実関係を丁寧に確認する姿勢が重要です
保護者カスハラ対策研修の効果と導入のポイント
研修で学ぶべき内容
保護者カスハラ対策の研修では、以下の内容を扱うことが効果的です。
- カスハラに該当するケースと正当なクレームの見分け方
- 初期対応の基本手順とロールプレイングによる実践練習
- 成年学生の保護者対応における個人情報の取り扱い
- 段階的エスカレーションの判断基準
- 記録の取り方と情報共有の方法
- 教職員のメンタルヘルスケア
特に重要なのは、正当なクレームからカスハラに発展するケースへの対応です。ロールプレイングを通じて初期対応を実践的に身につけることで、現場での対応力が大きく向上します。
研修導入で現場が変わった事例
保護者対応研修を導入した専門学校・大学では、以下のような変化が報告されています。
- 高校までの未成年と成人学生の教育的立場の違いを理解し、学生の自立を促す教育活動ができるようになった
- 法人としてのルールを明確化し、対応マニュアル(対応の手引き)を作成した
- カスハラに対する毅然とした対応方針をウェブページで公表した法人もあった
- 個人で抱え込まず、組織として対応する意識が定着した
研修はゴールではなく、日々の教育活動に活かされることが重要です。研修後のフォローアップや定期的な振り返りを行うことで、学んだ内容が現場に定着します。
小・中・高校における保護者カスハラ対策については、東京都教育委員会の段階的対応モデルを解説した小・中・高校の保護者カスハラ対策もあわせてご覧ください。
保護者カスハラへの対策は、教職員を守るだけでなく、学生にとってより良い教育環境を維持するためにも欠かせません。教職員間のハラスメント対策もあわせて進めたい場合は、スクールハラスメントの事例と予防策も参考になります。自校に合う研修の選定が難しい場合や、複数の研修会社を比較検討したい場合は、カスタマーハラスメント研修のおすすめ研修会社をご覧ください。また、保護者対応全般の基礎力を高めたい場合はクレーム対応研修のおすすめ研修会社もあわせてご確認ください。
どうしても自校に合う研修会社が見つからない、比較するだけの工数が確保できないという場合には、研修会社比較サービスのKeySessionをご活用ください。





