企業が成長し、従業員数が100人規模に達すると、多くの組織が管理や運営の課題に直面する現象を「100人の壁」と呼びます。この壁の特徴は、組織内の連携が希薄化し、意思決定や評価制度の属人化が進む一方、マネジメント機能が低下する点です。
本記事では、「100人の壁」を中心に、組織の成長過程で見られる「30人の壁」「50人の壁」との違いにも触れながら、これらの課題を乗り越えるための具体策を解説します。
経営者や管理職の方が、急成長する組織のマネジメントにどのように取り組むべきか、実例を交えて詳しくご紹介します。
目次
100人の壁とは?
100人の壁とは、従業員数が100人前後になると、組織のマネジメントがうまくいかなくなる現象を指します。事業拡大に伴う人員増加により、経営層と現場の間に管理職層が必要となるなど、組織の管理が複雑化します。
組織メンバーの多様化に対応するべく、これまで業務プロセスや制度の見直しを行うなど、適切な施策を打って乗り越えていく必要があります。
組織拡大に伴う「3つの壁」
事業拡大とともに、組織は人材管理や組織運営上の課題に直面します。100人の壁の他にも、従業員30人前後の「30人の壁」、50人前後の「50人の壁」があります。しかし、組織拡大に伴う壁の中でも、100人の壁は経営者が苦労しがちなフェースです。
株式会社JAMが行った調査では、組織急拡大の壁のうち「100人の壁に最も苦労した」と答えたのは44.0%にのぼりました。ベンチャーや中小企業が組織を拡大させるフェーズにおいて課題を抱えやすいのは100人の壁だといえます。
では、30人や50人の壁で抱えやすい課題と、100人の壁はどのように異なるのでしょうか。30人・50人・100人の壁それぞれについて詳しく解説します。
参考:【調査レポート】急拡大によって増えた組織課題、若手経営者が実感する第1位は「マネジメントを任せられる人材不足」に。約6割が「もし過去に戻れるなら、管理職や社員全体の育成を実施する」と回答。 │PRTIMES(調査結果出典:マネディク)
30人の壁
従業員数が30人前後の段階では、経営者との距離が近く、フラットな組織文化であることが多いでしょう。経営者を交えた意見交換が活発で、迅速な意思決定ができる組織です。
一方で、さらなる事業拡大を目指して、創業時のメンバーと異なる人材を採用するケースが増えます。事業拡大のためには、多角化や専門分野への特化が必要だからです。
そのため、人員の増加に伴い、従業員間の認識の違いや能力差が生じ、教育や管理に不満が出始めることがあります。育成や評価制度を統一したり、小チームにわけてマネジメントを委譲したりするなどの組織改革が求められます。
ただ、経営者が全従業員に気を配れるほどの人数であり、経営者主体でマネジメントを行うケースも少なくありません。そのため、マネジメントに関する問題が顕在化しにくい時期といえます。
50人の壁
従業員数が50人以上の組織では、人的リソースに余裕が生まれ、新事業の展開に挑戦しやすくなり、長期的な成長戦略を立てやすくなります。一方で、いよいよ経営者一人では全ての業務を把握しきれず、管理職への権利委譲を行い、マネジメントを任せる必要が生じる段階です。
また、産業医や衛生管理者の選任など、法令上の義務に対応できる体制づくりも必要な時期です。これまで経営陣の力で推進してきた組織も、体制の見直しに迫られます。マネジメントスキル養成のための研修や増大する人事業務の効率化など、全社的な取組が求められます。
100人の壁
従業員数が100人を超えると、ピラミッド型の縦割り組織が構成され、社外からも安定した組織と認識されやすくなります。一方で、他部署の従業員がどのような仕事をしているか見えにくいなど、組織としての団結感が失われやすい時期です。
採用人員も増え、人材の多様化が起こるため、従業員間の衝突や派閥化が進み、管理が煩雑化することも多いでしょう。
壁の種類 | 特徴 | 課題 |
---|---|---|
30人の壁 | 経営者との距離が近く、フラットな組織文化。迅速な意思決定が可能。 | 人員増加に伴う認識や能力差の発生。教育・管理への不満が出やすい。育成や評価制度の統一、小チーム化が必要。 |
50人の壁 | 人的リソースに余裕が生まれ、新事業の展開が可能。長期的成長戦略が立てやすい。 | 経営者一人での管理が困難に。管理職への権限委譲や法令対応の体制整備が必要。 |
100人の壁 | 縦割り組織化が進行し、安定した組織と認識されやすくなる。 | 他部署との連携不足、従業員間の衝突や派閥化。管理の煩雑化や団結感の喪失。 |
従業員100人規模で顕在化する5つの問題
従業員が100人を超えた組織では、どのような問題が顕在化するのでしょうか。100人の壁に直面するときには、以下の5つの問題が生じやすいでしょう。
マネジメントの機能不全
評価の属人化
組織の複雑化による連携や業務プロセスの課題
役割や文化の変化に伴う定着率の低下
社内での衝突や不満の増加
1.マネジメントの機能不全
従業員の増加に伴い、マネジメントの機能不全が生じやすいでしょう。従業員数が30~50人規模の組織では、経営者主導で人材のマネジメントができていても、100人規模では難しくなります。例えば、従業員の顔と名前が一致しなかったり、個別の時間を取れなかったりするなど、細かいフォローを行いにくいでしょう。
経営者主導ではなく、現場主導でマネジメントを行う人材の配置が必要ですが、適切なマネジメント人材の不足も課題となります。優秀なプレイヤーを管理職として登用するケースが多いですが、その人材がマネージャーとしても優秀とは限りません。
自分の経験則を部下に押しつけたり、育成を後回しにしたりするなど、適切な人材管理ができないケースが生じがちです。適切なマネジメントができず、従業員のモチベーションの低下や離職を招く可能性があります。
2.評価の属人化
従業員30~50人規模の人事評価制度のままであると、公平性が維持できなくなり、従業員の不満につながることがあります。
小規模の組織であれば、業務内容に差がなく、評価基準も公平になりやすいでしょう。しかし、組織の縦割り化が進むと、全社的な評価基準を設定することが難しく、職種ごとに基準を決める必要が生じます。
評価基準の改善を行わず基準が曖昧なままだと、上司ごとに評価基準が異なる「属人化」が起こります。従業員は「誰の下についているか」で評価が変わってしまい、公平感が損なわれてしまうでしょう。
▼ 属人化については以下の記事もご参照ください。
属人化とは - 属人化が引き起こす原因とリスクを解説
3.組織の複雑化による連携や業務プロセスの課題
部署が細分化されることで、「うちの部署は」「営業部の人たちは」といった縄張り意識のようなものが生まれます。その結果、部署ごとに異なる判断基準で業務が進められ、連携不足により業務の質が低下しやすくなります。
また、決裁者が増えるため、意思決定プロセスが複雑化し、実行までのスピード感も低下しがちです。
4.役割の変化に伴うやりがいの低下
100人規模の組織では、創業期から在籍している従業員の役割が大きく変化します。かつては経営者と直接仕事をし、経営の意思決定に関わっていた従業員が、組織の拡大に伴い若手のマネジメントや育成に時間を割くようになります。
成長意欲の高い従業員は、キャリアの停滞感を抱きやすいでしょう。自身のスキルアップや新しい挑戦に時間を割けなくなるからです。
また、経営層との距離が広がることで、以前のような柔軟な挑戦が難しくなり、モチベーションの低下につながることもあります。さらに、組織拡大に伴って生じる役割の変化についていけず、離職を招く可能性があるでしょう。
5.社内での衝突や経営層への不満の増加
従業員数が100人規模になると、組織内での衝突や経営層への不満が表面化します。組織拡大に伴う外部人材の採用や、経営層と現場の距離が広がることが主な原因です。
新規事業や管理業務に対して、専門的な人材を採用すると、組織の人材スキルは上がりますが、創業期からの組織文化が薄れていきます。特に、専門性の高い人材は、大手企業やコンサルティング会社の出身者など、創業期メンバーとは異なるバックグラウンドを持っているでしょう。
多様な人材が加わることで、部門ごとに独自の「流派」や文化が形成されていきます。そのため、部門間での価値観の違いが生まれ、全社的な一体感が失われてしまうのです。
さらに、経営層と現場の距離が広がることで、経営方針への不満や批判が表面化し始めます。全体会議での経営批判や、コミュニケーションツールでの否定的な発言が増えやすいでしょう。
100人の壁を乗り越えるための5つの仕組みづくり
100人の壁を乗り越えるためには、どのような施策を行えばよいのでしょうか。従業員100人規模の組織で行う必要があるのは、以下の5つの施策です。
理念やビジョンの再構築と浸透
組織・人材構造の最適化
部門間連携の強化
組織規模に合わせた制度や仕組みの整備
外部専門人材の獲得
1.理念やビジョンの再構築と浸透
創業期の一体感が薄れている場合は、まず経営層の全員が共通認識を得ることが重要です。組織が成長するにつれて、始めは一つのビジョンに沿って行動していた経営層のメンバーも、認識のズレが生じるケースが少なくありません。
「私たちは何者か」「どこに向かうのか」「大切にする価値観は何か」など、本質的な問いに向き合い、言語化して共有しましょう。
その上で、朝礼や全体会議、部署会議など、あらゆる接点を通じて従業員に対して発信します。具体的なストーリーとひも付けて価値観を伝えることで、組織全体での方向性の統一と理解促進をはかります。
▼ 理念浸透については以下の記事もご参照ください
理念浸透とは - 重要性と理念浸透の成功のポイント
2.組織・人材構造の最適化
創業期からの経営体制が現状に合わなくなっている場合は、経営層の役割を見直す必要があります。経営会議での決議を行うなど、経営者主体の意思決定プロセスからの脱却を行います。
また、必要に応じて経営層に新たな人材を登用することも検討しましょう。事業拡大だけでなく、中長期的な戦略が立てられるよう、次のような人材が適しています。
過去の成功体験に固執せず、環境変化に応じて柔軟に戦略を変更できる
中長期的な戦略設定を具体的なアクションに落とし込める
個別の実務遂行より、組織全体のマネジメントに重点を置ける
現場では、マネジメントに時間を割けず、プレイングマネージャーが増えてしまう可能性もあります。マネジメントスキルを持つ人材の育成や、適切な配置転換を行うことで、組織全体の効率を高めます。
3.部門間連携の強化
部門間の壁を防ぐため、計画的なジョブローテーションを実施します。従業員の視野を広げ、部門間の相互理解を促進します。また、部門横断的なプロジェクトなど、他部署の従業員が協働する機会をつくると、組織の一体感を高められるでしょう。
4.組織規模に合わせた制度や仕組みの整備
既存の制度や仕組みが100人規模の組織に合わなくなっている場合は、見直しが必要です。具体的には、以下のように制度や仕組みを整備します。
役割と権限の明確化
人材育成プログラムの体系化
全社統一の採用・評価制度
管理職や一般従業員の役割と権限を明確にすることで、業務の重複や手間を軽減します。また、教育や評価を体系化することで公平感を高め、従業員満足度を向上させます。
5.外部専門人材の獲得
マネジメントを行う人材を外部から積極的に採用し、自律的な管理ができる組織体制を整えましょう。ただ、外部人材の獲得には、既存の組織文化や価値観とマッチした人材かどうかの見極めが重要です。
そのために、「どのような人材に働いてほしいか」という採用基準を、社内で統一しておくことが求められます。能力だけで評価せず、自社のビジョンと価値観とのすり合わせを丁寧に行い、相互理解を深めながら採用を行うことが大切です。
成長企業が抱える課題は「マネジメント層の不足」
100人の壁により生じる組織課題とそれに対する取組を紹介してきましたが、成長企業が共通して抱えるのが「マネジメント層の不足」です。
組織が急拡大した企業への調査では、52%の企業で「マネジメントを任せられる人材が不足した」という点が課題として挙げられました。さらに、組織課題に対する対策として、「社員全体の育成」や「管理職や次期管理職候補の育成」など人材育成を優先的に行いたいと答えた企業が多い傾向にあります。
【組織が急拡大していたタイミングで、どのような課題が増えましたか。(複数回答)】
【あなたがもし過去に戻れるとしたら、課題に対する打ち手として、どのようなことを優先的に行いますか。(上位3つまで)】
引用:【調査レポート】急拡大によって増えた組織課題、若手経営者が実感する第1位は「マネジメントを任せられる人材不足」に。約6割が「もし過去に戻れるなら、管理職や社員全体の育成を実施する」と回答。 │PRTIMES(調査結果出典:マネディク)をもとに作成
従業員数が増えるフェーズでは、マネジメント層の不足が顕著になり、従業員一人ひとりに目が行き届きにくくなります。安心してマネジメントを任せられる人材がいる組織が、企業の成長のためには不可欠といえるでしょう。
マネジメントスキルの高い管理職を育成する仕組みを、社内で整備していくことが求められます。また、従業員のスキルに偏りが生じやすい時期でもあるため、全社的に研修を行い、スキルの均一化をはかることも必要です。
組織拡大に対応できる管理職・従業員を育成する研修例
組織拡大期は、人材への投資が求められるフェーズです。管理職や従業員を育成するために効果的な研修例を3つ紹介します。
1.管理職マネジメント研修
100人規模の組織では、世代間ギャップの顕在化や部下のメンタルヘルス管理など、管理職が直面する課題が複雑化しています。特に、Z世代への対応や定年延長に伴うベテラン従業員のモチベーション維持など、従来の管理方法では対応が難しい問題があります。
管理職マネジメント研修では、管理職としての基本的な心構えから実践的なマネジメントスキルまでを包括的に学べます。異なる価値観や特性を持つ部下への指導方法を学び、ハラスメントとならない指導の境界線についても理解を深められるでしょう。
マネジメントの基礎を学ぶことで、管理職がより自信を持って部下を指導できるようになります。世代を超えたコミュニケーションが活性化し、安心・安全な職場環境の構築が期待できるでしょう。
【企業・自治体・学校向け】管理職マネジメント研修 (90~180分)
管理職向けマネジメント研修で、Z世代やベテラン職員への対応、メンタルヘルスなどの課題に対処。実践的なリーダーシップを身につけ、安心安全な職場環境を実現します。
参考研修:【企業・自治体・学校向け】管理職マネジメント研修『合同会社JEIT』
2.部下へのフィードバック研修
マネジメント層に求められるスキルの中で重要なのが、部下への関わり方です。部下の仕事ぶりに対して、適切なフィードバックを行うことが、モチベーションを高め、組織の生産性に影響します。
しかし、多くの管理職は、経験則で感覚的にフィードバックを行っていることが少なくありません。部下の自律性が育たなかったり、関係が悪化したりする可能性があるため、フィードバックの体系的な研修が管理職育成のために役立ちます。
フィードバック研修では、基本的な伝え方や質問方法、目標設定について、座学とグループワーク形式で学びます。効果的なフィードバックを行う管理職が増えることで、100人の壁で生じやすいコミュニケーションの質の低下を抑止することが可能です。
部下の自律的行動に繋げる【フィードバック研修】 (4時間)
フィードバック研修で部下の自律的行動を促し、チーム全体の成果を高めます。実例に基づいた知識と技術を4時間で習得し、即実践可能なスキルを磨きます。
参考研修:部下の自律的行動に繋げる【フィードバック研修】『ヴォケイション・コンサルティング株式会社』
3.理念浸透研修
組織構造の複雑化や価値観の多様化に伴い、一体感が失われている場合、理念浸透を目的とした研修がおすすめです。企業理念の重要性や理念を行動に落とし込む方法などを学びます。
従業員に理念が浸透することで、企業理念を一つの判断軸として日々の業務に生かせるようになるでしょう。その結果、異なる部署のメンバーでも共通理解が生まれ、一貫性のある意思決定が可能になります。また、従業員の組織への帰属意識が高まり、業務へのモチベーションも高まるでしょう。
理念浸透研修 (4時間)
企業理念浸透研修は、全従業員を対象に理念の重要性を理解し、具体的な行動に結びつける体感型の研修です。成功事例やワークを通じて、理念を職場で活かす方法を学びます。
参考研修:理念浸透研修『株式会社デフィロン 』