【101社連携の挑戦】電子マネー「PASMO」のチームビルディング

101社の交通事業者が手を取り合い、一つの電子マネーシステムを構築する――この壮大なプロジェクトパスモの舞台裏には、数々の挑戦と葛藤がありました。

合意形成の難しさ、膨大な導入コスト、そして異なる文化を持つ企業同士の調整。通常なら一筋縄ではいかないこれらの課題を乗り越え、成功へと導いたのが、大垣氏の徹底的なオープンさと共感を生むビジョンです。

本記事では、パスモ誕生の裏側にあるリーダーシップやチームビルディングの秘訣、そしてプロジェクトを推進するための具体的な戦略について、元㈱パスモ代表取締役社長の大垣氏の言葉を交えながら紐解いていきます。

リーダー実践力を短期間で飛躍的に向上させる。

目次

101社を束ねるという、前例のない挑戦

プロジェクトを始めるにあたって、最初に直面した主な課題は何でしたか?

いちばん大きかったのは、101の交通事業者それぞれの意思決定が遅れることと膨大な導入費用をどう負担するかでした。

パスモって、首都圏の私鉄やバス会社が合同で立ち上げた電子マネー事業なんですよ。関係者がとにかく多いから、話をまとめるのに膨大な時間がかかる。さらに、電子マネーのシステム導入って莫大な費用が必要なんです。大手の会社はまだしも、中小の事業者にとっては大変な負担ですよね。

結果、あそこは負担が少なくていいよななんて不公平感が噴出して、改善案が出るたびにコストが膨れていく悪循環に陥りました。

まずは合意形成の仕組みを早めに整えたんです。コストをどう割り振るかどの段階で誰がOKを出すのかを明文化して、みんなが見える形にする。大規模プロジェクトでは、とにかく“調整”が要になるんだなと痛感しました。

民主的なプロセスは大変だけど、得るものが大きい

チームを巻き込むうえで、どんな戦略をとられましたか?

意思決定のプロセスを徹底的にオープンにしました。

取締役会での議論を各社のキーパーソンにも傍聴してもらって、決定の過程をリアルタイムに見せたんです。発言は取締役だけが行うんですが、どんな経緯でその結論に至るのかをみんなが把握できるようにした。さらに、反対意見や少数意見を遠慮なく言える雰囲気を作ることで、最終決定に対する納得感を高められたと思います。

やっぱり信頼関係が段違いです。透明性を確保しておけば、結果に対して納得できないと後から言い出す人が少なくなるんです。大規模プロジェクトの合意形成って、実はスピードよりも“みんなが納得できる”ことのほうが重要なんですよ。結果的に、そのほうが長期的にはスムーズに進むんです。

共感できるビジョンを掲げて、みんなで未来を描く

異なる部署や会社が同じ目標に向かうために、具体的にどんな工夫を?

運賃表を見ずに交通機関に乗れる社会を作ろうという理想を明確に打ち出しました。なんのためにこの事業をやるの?って根本が共有できていないと、どうしてもバラバラになっちゃうんです。

そこで、鉄道やバスの現場スタッフが毎日感じている不便さを掘り起こして、誰もがシームレスに移動できる未来を全員で想像してみた。すると、映画のラストシーンみたいにワクワクする共通のゴールが見えてくるんです。

あとは、それをリーダーの僕自身が何度も何度も語りかける。そうすると、自然と同じ方向を向いて走り出すんですよ。

対立は“ちゃんと聞く”ことで、意外と解消できる

プロジェクト中に意見の対立は多かったと思いますが、どうやって解決されたのですか?

意見の対立って、実は“自分たちの意見が無視されてないか”って不安から生まれることが多いんです。だから、まずは取締役会をオープンにして反対意見を出しやすくする。それでもまとまらないときは、僕が自ら各社を訪問して話を聞きました。

100%納得してもらうのは難しいけど、大垣がちゃんと話を聞いてくれたという体験は大事なんですよ。自分たちの声を尊重してくれるなら、協力してみようかって気持ちになりますから。

メンバーが疲弊しないようにするには、“雑談力”が大切

厳しいスケジュールの中で、どうやってメンバーのモチベーションを保ちましたか?

人間関係の距離を縮めることを意識しました。忙しいときほど、ランチの時間を有効活用して、2〜3人ずつメンバーを変えながら食事をする。仕事の話だけじゃなく、最近どう?って雑談をしながら、彼らが抱えている小さなストレスを拾うんです。

あと、仕事が一区切りしたら立食形式の懇親会を開いて、お疲れさま! やったね!って称え合う。小さな“打ち上げ”を積み重ねることで、みんながここは自分の居場所だって思えるようになっていくんですよ。

オフサイトミーティングで心の壁を取り払う

チーム内のコミュニケーション方法として、特に効果があったのは?

オフサイトミーティングです。年に一度、担当者を5人くらいのグループにして外に出て、まずは自己紹介に15〜20分かけるんですよ。仕事の肩書きだけじゃなくて、尊敬する人や子供の頃の思い出なんかも語り合う。最初に上の立場の人間が自分の弱みや生い立ちをさらけ出すと、みんなも心を開きやすくなるんです。すると普段の仕事では見えない、メンバーの価値観や本音が伝わってきて、一気にチームの結束が強まるんですよね。

視野を広げると、チームは“戦う集団”に育つ

チームビルディングの中で、特に印象的だった活動は何でしょうか?

先進事例の見学です。外部の企業を訪問して、どんなふうにプロジェクトを進めているかを学んだり、展示会に行って新しい技術を見たり。移動中にも自然と話が弾むんですよね。そして終わったら居酒屋とかカフェでどんな気付きがあった?と振り返る。そうするとうちのやり方、まだまだいけるかもとか今度こんな仕組みを試してみたいとか、アイデアがわいてくるんです。社内だけで煮詰まらないようにするのが大事だなと思いました。

リーダーシップは、肩書きじゃなくて“姿勢”で示す

リーダーシップを発揮したのは誰だったのでしょう?

もちろん管理職は責任があるからリーダーシップを取りますけど、それだけじゃない。若手や担当者レベルでもこのタスクは君が責任者ねと役割をはっきりさせて、どんどん主体的に動いてもらったんです。そうすることで、役職に関係なくリーダーが生まれる。しかも、担当者同士がお互いの仕事をサポートし合う文化ができるんですよ。

結果として、組織全体が“自走”するようになりました。

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成功はインフラとして定着したあとも、どれだけ対応力をキープできるか

プロジェクトの成功をどう評価したのですか?

パスモが社会インフラとして定着したことが大きいですね。

2007年にサービスを開始して、今では累計4000万枚以上が発行されてる。もう日常生活の一部ですよね。一方で、成功の裏には常にトラブルも発生するわけで、そこを素早く共有して解決していく力がどれだけあるかも重要でした。たとえば、パス回しって言って、問題を一人で抱え込まずにチームでシェアする文化を作ったんです。

この仕組みがあるおかげで、ちょっとした不具合もすぐに可視化され、対策が打てたと思います。

危機は隠すより、オープンにしてしまったほうがダメージが少ない

トラブルや失敗にはどのように対処したのですか?

あらかじめAランク、Bランク、Cランクみたいにトラブルをランク分けして、最悪の場合は社長がすぐ謝罪会見って手順まで決めてました。メディア対応の訓練もやっていたので、いざというとき何をどこまで公表するかを関係者全員がわかっていたんですね。

結果的に、そこまで深刻な事態にはならなかったんですが、トラブルを隠さないで公開していく姿勢が、信頼を守るうえで大きかったと思います。

寄せ集めが、強いチームに変わった瞬間

プロジェクトを通じて、チームのダイナミクスはどう変化しましたか?

当初は大手私鉄やバス事業者から“とりあえず派遣された人たち”って感じで、一体感は薄かったんです。でもなぜこの事業をやるのかを徹底的に議論して、同じビジョンを共有するなかで、少しずつ自分ごとになっていった。あの会社とは事情が違うから無理だよねとか言ってた人たちが、いつの間にかどうやったら一緒にうまくやれる?って前向きに考えるようになったんですよ。

大きな困難を乗り越えるたびに信頼関係が深まって、最終的にはすごく結束の強いチームになったと思います。

結果よりプロセス。確実に積み上げるからこそ本当の成果が出る

具体的な成果を出すために、特に気をつけた点はありますか?

結果だけを追いかけないことですね。電子マネーのシステムなんて、新しい仕組みを期限内にリリースしなきゃいけないから、どうしても焦る。でも、システムって“やり直し”が難しいじゃないですか。そこを急ぐあまり、検証をスキップしたりすると手痛い失敗を招く。だから急がば回れで、プロセスを丁寧に積み上げていくことをチーム全員に共有したんです。もし小さなミスが出ても、じゃあ次どう直す?って改善点にフォーカスして、前向きに進める。そうやって最後までモチベーションを落とさず走り切りました。

大人数だからこそ、見える化が大事

プロジェクトの各段階で、進捗はどのように管理していたのでしょう?

JR東日本のやり方を参考にしました。関係者がとにかく一堂に集まる“大会議”を定期的に開いて、WBS(作業分解構造)を使って全員で進捗をチェックするんです。副社長クラスから現場の担当課長まで入って、ボトルネックになっている作業はどれかをみんなで確認する。そこで遠慮せず発言するのが当たり前になったんですよ。

JRの担当者が自社の偉い人にもガンガン意見を言ってる姿を見て、トップだろうと何だろうと、みんなでより良い方法を探すんだという文化が根づいた気がしますね。

新しい技術もいいけど、まずは管理の仕組みづくりが要になる

このプロジェクトで取り入れた新しいツールや技術はありますか?

最新ツールをバンバン導入したわけじゃないんですけど、進捗管理でWBSをしっかり運用したのが大きかったですね。タスクを細かく分解して、どこにボトルネックがあるかを可視化する。そうすると問題が早めに見つかるし、担当者が変わっても作業がスムーズに引き継げる。やっぱりプロジェクト管理の手法自体が“技術”なんだなと改めて感じました。

トップ自ら動いて、各社の温度差を埋める

チーム内のコミュニケーション障壁はどう乗り越えたのですか?

それぞれの交通事業者には独自の事情や優先事項があるので、一つの方針に対して反発が出ることも少なくないんです。そこはもう、僕が直接会いに行くしかない。電話やメールだと本音は言ってもらえないんですよ。

実際に足を運んでいま何が困ってます?どうしたら納得していただけます?って聞くと、少しずつ誤解が解けていく。大変だけど、やっぱりトップが動くのがいちばん効果的ですね。

人気が爆発したとき、そして改札がまったく動かなくなったとき

いちばん悩ましかったディシジョン(意思決定)はなんだったのでしょう?

大きく二つですね。ひとつは開業直後にカードが品切れを起こしたとき。完全に売り切るか定期券だけは売り続けるかで各社の意見が真っ二つに割れました。僕が各取締役と相当議論して、最終的に一般販売を停止して定期券だけ売るって結論に落ち着いたんですけど、反対派の副社長を説得するのは本当に大変でした。

もうひとつは、開業年の10月に起きた日本信号製の自動改札機トラブル。パスモをまったく読み取らない事態になったので、一日中、改札を開放して運賃を取らないという大胆な対応をするしかなかった。短期的には損失が出ても、それで混乱を最小限に抑えられたんです。こういう判断って、誰かが責任を持って一瞬で決めるしかないんですよね。

裸の付き合いで芽生えた信頼

チームの結束を高めるために行ったイベントはどんなものがありましたか?

忙しいからこそ立食の意見交換会を開いたり、週末に若手を誘ってバーベキューしたり。男性が多い職場だったので、仕事帰りにスーパー銭湯へ行って“裸の付き合い”をすることも。そうすると自然と仕事以外の話題が増えて、いつの間にかちょっと意見言いやすいなという関係になってるんですよ。やっぱり一体感って、公式な会議だけでは生まれないんですよね。

全体最適の意識をどう植えつけるか

他部門との協力を促進するために、どんなことを心がけましたか?

パスモって、とにかくたくさんの会社と部署が関わるので、それぞれがセクショナリズムに陥る可能性があるんですよ。だからこそ全体最適を目指すんだというメッセージを繰り返し発信したうえで、模擬記者会見をやったんです。部門ごとにこんな質問が来たらどうする?と想定し合って、実際にトップがどう答えるかをみんなで見学する。

そうすると、ここで変な発言をすると会社全体に迷惑をかけるんだなって肌で感じるんですよね。やっぱり体験を通じた学びは強いですね。

最後は、“社会を変える”という大義でみんながまとまった

最終的に、このプロジェクトは組織全体にどんな影響をもたらしましたか?

パスモの導入で、首都圏の交通が運賃面でも完全にシームレスになったんです。JRも私鉄もバスも、別会社だろうと同じカードで乗れるようになった。これは世界的にも珍しい取り組みで、日本の交通システムの優位性を高める一因になっています。

そして何よりバラバラだった組織が、“社会を変える”という大きな目標のもとで本気で連携すれば、これだけのことができるんだという実例になりました。技術的な側面はもちろんですが、裏では多くの人たちが一丸となって走り切ったからこそ、今のパスモがあると思います。

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