「相手が恐怖や不快感を持ったらパワハラ」と認識している人は多いのではないでしょうか。確かに少し前まではそういう風潮がありました。
今はパワハラ防止法の中で具体的な例が示されているため、一概に相手次第ということにもならなくなっています。
上司からの指示や叱責を受けた時、パワハラだと感じたとしても状況によってはパワハラに当たらないとされるケースもあります。
ここでは、上司からの叱責がパワハラと認められなかった裁判実例について解説していきます。
目次
パワハラと認められなかった裁判の実例
介護サービス事業を立ち上げたばかりで、事業を軌道に乗せようと試行錯誤をしていた時期に、施設責任者が理事長からパワハラを受け、適応障害になったとして裁判を起こした。
責任者側は理事長からの指示や叱責がパワハラに当たると主張。
・責任者と職員に対し、利用者を増やすため施設近隣にチラシを配布するように複数回指示した。
・責任者に対し、利用者を増やすための施策を立てるように会議内で要望した。
・物品購入時に理事長と意見が合わず、責任者が対応に苦慮することがあった。理事長は必要な物品でも施設の運営状況を考慮して購入を決めるべきという考えだった。
・職員が退職した際、新規募集の広告を出して欲しいと要望したが拒否された。その際「あなたが探してきなさい」と言われた。
・責任者に助成金受給のために勤務表の作り直しを命じた。現状では助成金の受給条件を満たしていなかったが、満たしているように見せかけるための作り直しだった。
管理職側は、このような理不尽な指示と叱責が続き精神的な負担があったと述べた。
理事長はこの施設以外にも複数の施設の運営や管理に携わっていた。
パワハラと認められなかった裁判のポイント
裁判では、理事長の指示や叱責が「業務の適正な範囲を超えている」「苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」に当たるかが焦点になりました。
事業が発足したばかりだった
他の施設も運営している経験があるとはいえ、立ち上げたばかりの事業を軌道に乗せるまでは苦労もあり、安定させたいという思いを考えると理事長の言動が理不尽だとは言えないと判断されました。
理事長の指示や叱責が度を超えたものであったとしても、責任者に対して嫌がらせをしようとしていた証拠にはならないとのことでした。
指示の正当性
チラシの配布指示や利用者を増やす施策を求めたことは、管理者の立場では不当な内容とは言えないと判断されました。
管理者が辛い思いをしたことは認められましたが、理事長が自分の立場を利用して指示を出したり、威圧的な態度や適正な範囲を超えた言動ではなかったとされたのです。
状況を総合的に判断すると、事業を安定させる目的で指示をしており、パワハラには当たらないとの見解でした。
助成金受給の不正行為
助成金受給のための勤務表書き直し指示については、指示自体は施設運営の安定を目的としたもので、管理職に対しての嫌がらせではないとのこと。
条件を満たしているかのように見せかけることは不正ですが、「書き直し」の業務は管理職の範囲であって、指示したという行為はパワハラには当たらないと判断されたのです。
裁判では不正をしようとしたことと、指示をしたことをわけて考えられました。
当事者になった場合の対処方法
被害者とされる人が精神的・身体的苦痛があり、嫌がらせかなと感じた時は冷静に状況判断をすることが必要です。
現状を把握する
今回のように新しい事業の立ち上げなど、特殊な場合は指示が多かったり、言い方がきつくなったとしてもパワハラとされないことがあると証明される結果になりました。
繁忙期やお盆、年末年始などの時期は人でも足りなくソフト面もハード面もゆとりがなくなります。
状況を見ながら、上司の行為が本当に不当なものなのか、仕方のない範囲なのかを見極めることが大切です。
そして自分自身の状態も確認してみましょう。心にゆとりがない時はいつもなら流せることやできることも、敏感に反応してしまうことがあります。
冷静な判断ができる心身の状態かどうかも、パワハラとなるかどうかの要素です。
役割を明確にする
部下の能力を過大もしくは過小評価することはパワハラに当たりますが、役割にあった業務を指示することは仕事量が増えたとしてもパワハラにならない場合があります。
適性の範囲を超えるかどうかの判断は難しいところもありますが、業務内容が自分の役割や役職の範囲かの判断はできると思います。
もし役割と業務内容の関係があいまいな場合は、会社に確認する、自分で調べるなどをして明確にすると良いです。
会社も役割を任せる時に、業務内容を確認するなどの配慮が必要な場合もあります。
誤解を与えない
職場の状況、上司や部下の心身の状態などにより、ピリピリした雰囲気になることもあると思いますが、だからといって言動が乱暴になっても良いという理由にはなりません。
どのような場合でも、指導や指示の際は誤解を受けないように言動に注意を払う、上司としての意図を伝える、部下は「NO」と言いにくいということを理解するようにしましょう。
今回の実例ではパワハラになりませんでしたが、ほんの少し状況が違えばパワハラとされる可能性が十分あります。
パワハラと感じさせる行為を防ぐために
どのような状況であってもパワハラを起こさせない、パワハラと誤解させないことが重要です。そのために一人ひとりができること、企業としてできることを実践していきましょう。
一方的な指示にしない
忙しくなると一方的な指示になりやすいものです。トップダウンはスピード感がありますが、部下のやる気やモチベーションにはつながりにくくなります。
指示を出す背景の説明をする、指示に対する部下の反応を見る、部下の業務負担の状況を判断するなどの配慮が大切です。
有無を言わせないような雰囲気での指導や指示はイエスマンを作り上げるばかりではなく、人間関係の構築を妨げます。
意見を言える職場作り
上司から部下だけではなく、同僚同士、部下から上司への意見も言いやすい雰囲気を日ごろから作るようにします。
定期的に面談などをおこない、部下の考えや意見をヒアリングする、休憩時間などの雑談から状況を察するなど、お互いの状態を知る努力も必要です。
部下は上司に遠慮しがちですので、上司から部下に歩み寄るようにすると意見を言いやすくなります。
会社から注意喚起
事前に忙しくなることがわかる場合は、会社として注意喚起をするようにします。
✅ 「〇月まで忙しくなることが予想される」
✅ 「今後の展望(予定)」
✅ 「今優先すべきこと」
などを全職員に向けて発信することで、会社や自分の置かれている状況が理解でき、言動の見直しにつながります。
https://magazine.keysession.jp/management-training/